冬眠。
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ピザが食べたい。

2009-07-15 Wed 16:33
china_free.gif


肩痛い。

死ぬほど眠い如月です。
今なら立ったまま寝れる自信ある(いらん

恐怖の演習、終わりました。
質疑応答時間が少なかったので予想してたほど質問こなくて、正直ショボーン ´・ω・` でした。
よく、質問されたくないとか言う人いるけど、お前さんは本当に質問されなくていいのって思う。
質問されるってことは、自分が考えたことに対して相手が何かしらの感想・疑問を抱いたっていう証拠で、それは極端な言い方すれば自分の話しに興味を盛ってくれたってことじゃないかな。それに、第三者に訊かれることによって、自分ではわかったつもりでいても実はよくわかってなかった点や不完全な箇所、こういう表現だけじゃまだ伝わらないのかっていう反省点が見えてくる。そしたらそれを次回、何らかの形で資料に還元すれば前よりもいいやつができるんじゃないか、というのが自論です。集中砲火や公開処刑は、されてるときはすんごい恥ずかしいけど、うれしい。自分のだめな点を指摘してくれてるんだなって思えるから。でも、まったく質問こなかったらすんごい不安。自分の資料は突っ込むことすらめんどくさくなるほどつまらないものなのかって思う。
だから、自分は誰かに質問されるってのを前提に相手に質問していくようにしてる。まあ、大半はどこかずれたやつが多いんだけどねorz
しかし、何はともあれ終わったことは終わった。過ぎてしまうと安心感と同時に、どこか張り合いぬけて寂しいですね。今期は結構こいつに力いれてたから。発表7月なのに5月時点で読み終わってたってどんだけやる気あったんだよ自分。そんだけのやる気あるんだったらほかのことにもその情熱向けろよ自分。

衆院解散が明言されてから、あっちこっちでなんかいってるらしいけどおかしいよね。
まず第一に、反麻生とかいってるけど、麻生さんの政策や国家ヴィジョンが自分のそりに合わないって言うんだったら何で総裁選のときに麻生さん以外の候補者に入れなかったの。麻生さんとほかもう一人って言う状況だったらまだ許せるとして、こないだ行われた総裁選はかなりの人数の候補者が出てたと思うよ。なのに、何であえて麻生さんを選んだ。自分たちの党内での立場、突き詰めれば手前の私利私欲のためで、国や国民のことなんか知ったこっちゃないってスタンスだったからだろ。自分たちが担ぎ出しておいて気に食わなくなったらすぐ捨てる、足を引っ張る、そして政策そっちのけでどうすれば自分たちがでかい面できるかってことに思考を切り替える。それ、職務放棄じゃありませんか。国民の関心ごとは、お前らの内部闘争や足の引っ張りあいではなくて、自分たちのためにいったいどんなことをやってくれるのかってこと。貴様らの支持者は、自分たちの生活にはまったく影響を及ぼさない派閥争いをしてもらうために応援してるとでも思ってんの。
そして第二に、民主の態度。仮にも、仮にも政権交代を明言するんだったら、時期与党になるんだったら、それだけの器だというところを見せるべきなのに、審議拒否? 何考えてんの。自分たちの気に食わない法案は考えることすらしませんってことですか。相手を認めないって、どの分野においても一番やったらいけないことじゃない。しかも、それが政治という分野に及んだ日には政治家としての資質が疑われる。政治って、モロに人と人(国と国といってもその国を形作っているのは人)の関係性を見極めながら、最大級の利益を求めていくものじゃないの。
民主や民主支持者は、政権交代したら・与党になったらきちんと仕事をすると抜かすかもしれないけど、現時点でそれが実行できてないのにいざそのときになってできるというのはあまりにも虫が良すぎるし、第一そういう場合はことごとく失敗に終わる。物事は連続してる。何事も一気にできるというわけではなく、時間をかけて徐々にできなかった状態からできるという状態に移行していく。ある日を境に、というのは夢物語。こうであったらいいなというだけの空想レベルでしかない。
民主の言動には、責任というものが見られない。覚悟が現れてない。いつも無難なところ、曖昧なところでおわらせようとしてる。国や国民の一大事に関してはね。特亜に関しては手間隙惜しまないのに不思議な話ですね。
野党はそれで許されたかもしれないけど、与党にそれは許されない。政権与党=日本といっても過言じゃないのに、その日本を背負ってたつ気力・覚悟・責任感が微塵もない。こんなのが一国の主となって、本当にいいのか。民主は、できもしないことをえらそうに嘯く低脳となんら変わらん。
そして最後に、前記事でもあげたことだけど国民の政治に対する態度。政治という、国が存在するために欠かせない要素のひとつまでをも「消費」と考えてる節があるように思う。それも、ワイドショー的な消費対象。違うという反論があったとして、だったら何で漢字の読み間違いやバー通い、絆創膏で大騒ぎするわけ。それらがどういう風に政治に影響を与えるの。確かに読み間違いはないに越したことはないし、読めないってことはある程度の教養を疑われる結果ではあるけど、国の命運を左右するような決定的な読み間違いってあった。他方、カネと政治の癒着(主に野党)とか、日本人の人権丸無視の人権擁護法案や国籍法改正案、外国人参政権付与問題、皇室問題というような国のこれからを大きく左右し、もしかしたら今まで存在していた日本という国家概念自体が消滅しかねないような物事に関しては恐ろしいまでの沈黙を守ってる。それはなぜか。考えられうることのひとつは、それらが国民に知れることで困る一部の民族や集団と、マスコミや政治家がつながってるから。もうひとつは、そんなことを放送しても視聴率(笑)は稼げないし、どうせ国民はそんなこといいってもわからないだろうという国民を馬鹿にした思考が存在するから。自分たちがことの本質や概略をわかってないってのもあげられる。結果、誰が見ても、というか考えるという営みを放棄した馬鹿が「理解」できる「つまらないこと」しか放送しない。
国民は怒るべきなんだよ。なのになぜ怒りという感情を抱かないかといえば、権威に対する盲目的なまでの服従と、思考するという行為を行ってないから。だから、いつも流される。自分は自分の意志で動いているように思うけど、それは自分が思ってるだけ、もっといえば、自分で選んで行動してると思いたいだけ。自分の行動は一貫性を持ってると思いたいだけ。だけど本当はメディアの流す情報にただ流されてるだけでしかない。そこには「自分」という確立した一個の人格は存在せず、第三者の意志で動く操り人形しかいない。
じゃあどうすればいいのか。まずはテレビや新聞がいってるからといってそこから与えられる情報を鵜呑みにするのではなく、本当かな、と疑ってみること。そして、合ってるか合ってないかは別にして自分で考えてみること。できれば、自分の意見を誰かに聞いてもらってコメントしてもらえたらいい。人に直接言うのが苦手だったりすれば、ブログとかで意見を述べればいい。そうすることによって、自分たちが与えられてる情報が、いかに「与えられてる」ものであるかが見えてくると思う。もうひとつの意思表現行為としては、テレビを見ない(見ても必要最低限)・売国企業じゃなくて国のためにがんばってる企業の製品を買う。そして最後は、参政権があるんだったらきちんと選挙に行って投票すること。
個人にできることなんて高が知れてるけど、だからといってやらないってのは間違ってる。それは時と場合によっては、知らないということよりも罪深い。

今、法文のパソコン室なんだが、なんか暑い。
パソ子達ってさ、涼しいほうがいいんだよね。
なのになんでこここんな蒸し暑いの。クーラーきいてる?
冷風当たって寒いってんなら自分で対策しろよ。上から一枚羽織るとか直撃しない場所行くとか。
こっちは涼みにきてるんだよ(マテ

エアコンガンガンに聞かせた部屋で寝たいです、体には悪いけど。

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